たかが達成感、されど達成感

「ブログの毎日更新のコツとかあるのかな〜?」などと思いつつネットサーフィンをしていたら、毎日更新を否定する記事にたどり着いたので読んでみた。
以下のような内容だった。
ブログの目的はお金を稼ぐことであるのに、毎日記事を更新することが目的になってしまっている。
お金を稼ぐためには読者の悩みを解決する記事を書くべきだ。
にも拘わらず、記事を書く目的が読者の問題解決ではなく毎日更新になってしまっている。
これでは本末転倒だ。
読者の悩みを解決しない雑な記事ばかりでは決して稼ぐことはできない。
毎日更新をすることで達成感は得られるかもしれない。
しかし、それは自己満足に過ぎない。
その通りかもしれない。
だが、私はお金儲けのためにこのブログを書いているわけではない。
そもそも収益化自体を目指していない。
私にとって、毎日更新から得られる達成感は重要だ(毎日更新はできてないが。。。)。
収益化を目指していないのなら、何でも好きなように書けばよさそうである。
それでも書けないのだ。
私には書く才能がないのか?
この記事も3時間前ぐらいから書いている。
一向に書けない。
このブログは収益化を目指していないと言ったが、別に新しく収益化を目標とするブログを作ろうかと思っている。
英語に特化したブログか、英語を含む3〜5ジャンルの記事を書く雑記ブログにしようと思っている。
ヨガでナチュラルハイに
25の時、私はインドのリシケシにいた。
ヨガの聖地として有名な場所だ。
あのビートルズも滞在した。
詳しくは書かないが、私は失恋をしたばかりだった。
付き合っていたガールフレンドと別れ、逃げるようにしてこの町に来た。
当然ながら、寂しさから精神状態は良くなかった。
昔のことなので記憶が曖昧だが、私がリシケシにいた時期はオフシーズンだったのは確かだ。
旅行客があまりいなくて閑散としていた。
私はリシケシへヨガをやりに来たというわけではなく、元恋人から離れるためにどこか他の町へ行く必要があっただけだ。
そしてその他の町というのがたまたまリシケシだった。
しかし、せっかくリシケシにいるのだからとヨガを習うことにした。
大きなアシュラムとかではなく、町の小さなヨガ教室だった。
そこに通い始めて3回目ぐらいの時だった。
いつものように教室へ行くと、ストレッチをしているブロンドの女性がいた。
一瞬目が合ったが、すぐに逸らした。
そしてヨガのクラスが始まった。
ここで私に事件が起きたのである。
その日、私はヨガでナチュラルハイになったのだ。
教室から外に出ると、さっきのブロンド女性が路を歩いている。
今の自分なら大丈夫だ。
ヨガパワーで満たされている。
私はそのブロンドの女性に声をかけた。
まったく緊張しない。
ヨガのレッスンはどうだったかなど話した。
話が弾んだので、カフェでお茶をすることになった。
カフェで会話をするうちに、彼女は映画の制作をしているらしいことが分かった。
その仕事がストレスフルなため、ヨガをやり精神のバランスを保っているとのことだった。
カフェには1〜2時間ほどいた。
辺りは暗くなっていたので、彼女の宿まで送って行くことになった。
だが、その途上でヨガパワーは薄れてきた。
みるみるうちにいつものシャイな自分に戻っていく。
私は彼女に何かでっち上げた理由をつけ、今来た道を引き返して自分の宿へと帰った。
この話を友人にすると、据え膳食わぬは男の恥だと揶揄われた。
このようにヨガには精神の状態を変える不思議な力がある。
私みたいな俄かではなく、継続的に何年も続けるとどうなるのだろうか。
最後に注意したほうがいいことを書いておく。
これはインドにいた時に他の旅行者から聞いた話だ。
名前は忘れてしまったがある世界的に有名なインドのヨガスクールは、ヨガの教師の資格を1000ドル程度で実際の指導なしで販売しているそうだ。
だから日本でヨガの教室に通う際、そこのヨガの先生がインドの名前の通ったヨガスクールの教師の資格を持っていたとしても安易に信用しないほうがいいかもしれない。
バックパッカーの平均的な1日

私は当ブログにおいてバックパッカー旅行をしきりに勧めているので、今日はそんなバックパッカーの平均的な1日を紹介しようと思う。
これから書くのは、ダラムサーラという町に私が滞在していた時のある平凡な1日だ。
私はこのダラムサーラという町に4ヶ月くらいいたと思う。
旅の通過点というよりも、半ば住んでいたという表現のほうが正しい。
この町には私と同じように、長期間滞在しているバックパッカーが数多くいた。
朝は9時か10時くらいに起きる。
そして朝食を食べに町へ行く。
と言っても、宿から徒歩3〜5分の距離だ。
そこで食べる食事はだいたい日本円にして200円ぐらいだ。
バックパッカー友達と喋りながら朝食を摂り、食事が終わったら隣の町バグスーへ遊びに行くか山登りなどをする。
私はこのダラムサーラに滞在していた途中から筋トレに目覚めて、毎日プッシュアップ(腕立て伏せ)をして片道2時間ほどの山トリウンドに登っていた。
山登りから宿へ帰ると、夕方になっている。
宿のバルコニーかどこかのレストランで、他のバックパッカー達と談笑をする。
そして暗くなってきたら、適当に夕食を食べに行く。
そして夜は大抵、飲み会だった。
宿のバルコニーに10人〜15人が集まって、町で買って来たウイスキーやラムをコーラなどで割って飲む。
言い忘れていたが、こういう時の会話は英語でする。
世界の様々な国からバックパッカーをしに来ているので、そういった旅人が集まって会話をする時は自然と共通語として英語が選ばれる。
だから、やはり英語は喋れたほうがいい。
ただ、旅に出発する前の日本にいる時点で英語ができなくても気にする必要はない。
そんなものは実際のバックパッカーとしての生活の中でできるようになる。
旅に出発前の日本でできることと言えば、英語の参考書を買っておくことぐらいだ。
英文法の参考書1冊と、英単語帳1冊は買うようにしよう。
何を買えばいいか分からない人のために、ここに私の推す参考書を挙げておく。
どちらも定評の高い参考書だ。
この2冊を持っておけば間違いない。
さて、話を戻そう。
大抵、夜はバックパッカーが集まって飲み会をするということだった。
どこかでレイブパーティーがある時などは、この飲み会の後でさらにそのパーティーに皆で出かける。
レイブパーティーがない時は午前3時ぐらいか、遅い時は明け方まで飲み会が続く。
飲み会には最後までいなくてはならないというようなルールはなく、寝たい時に自分の部屋へと戻れる自由があった。
ここに書いたような1日を、永遠と毎日繰り返すのがバックパッカーの生活である。
興味を持ったら、是非チャレンジして欲しい。
海外を一人で旅するなんて、難しいと思うかもしれないがそんなことはない。
案ずるより産むが易しだ。
今日は蒸し暑い

暑い!
蒸し暑いと思って携帯で湿度をチェックしたら、なんと89%もあって驚いた。
日本は世界的に見ても湿度が高く、じめじめした気候と言われている。
日本の夏は暑いからヨーロッパの学者に比べて日本の学者は2〜3ヶ月くらい損をしてる、と昔読んだ何かの本に書いてあった。
今調べてみたらスペインの特に内陸部は夏場乾燥しており、湿度が20%をきることも珍しくないそうだ。
日本の夏も暑いが、インドのそれは比較にならない程暑い。
4月頃のニューデリーで動物園に行ったが、あまりの暑さに動物が日陰で休んでおりその姿を見ることができなかった。
ジャイプルという街にも行ったが、4月か5月の時点で気温は50℃近かった。
インドは1年中暑いと思われがちだが、意外にも冬は普通に寒い。
もっとも南北の距離は約3200kmあるので、場所によってかなり異なるが。
少なくとも首都のニューデリーの1月は寒かった。
ホテル(安宿)でエクストラのブランケットをお願いしたほどだ。

寒いと言えば、人生で最も寒かったのはアメリカのメイン州の冬だ。
日本での高3に当たる年を私はこの地で過ごした。
メイン州の緯度は43度辺りで、日本で言うと札幌市の位置にある。
どうりで寒かったわけだ。

アフィリエイトサイトを作るか。。。

以前にこのブログの記事で、
チャンスは万人に同じように訪れている。
問題はそれに気づくか気づかないかだ。
というホリエモンの言葉を引用した。
それについてふと思うことがあった。
それはYouTuberの存在についてだ。
私はYouTubeの存在を18年前頃には知っていたが、それがお金儲けに繋がるとは全く気づかなかった。
お金儲け以外の可能性、有名になるとかも全く思いつかなかった。
HIKAKINやはじめしゃちょーはYouTubeの可能性に気づいていたのか。
自分自身の先見の明の無さに呆れる。
もしかしたら私が気づいていないだけで、身の回りで今何か大きな変革が起きているのかもしれない。
何が今、ホットか?
AIか。
車の自動運転か。
ダメだ。
何もそこから思いつかない。
この歳になって分かったことがある。
それは私は非常に保守的な人間だということだ。
もし今の考えのまま過去に戻れるとしたら、猛勉強をして一流大学か国立大学医学部を目指すと思う。
冒険はしない。
最も安全で確実と思われる道を行く。
と言うのも好き勝手に生きてきた結果、ろくでもない人生を歩むことになってしまったからだ。
ま〜、たらればを言っても仕方がない。
現実に目を向けよう。
これから幸福な人生を生きるためには、どうすればいいか。
とりあえずお金が欲しい。
どうやってお金を稼ぐか。
今思いつくのはアフィリエイトサイトだ。
インターネットビジネスは強い。
何が強いかと言うと、その潜在的な顧客の数だ。
携帯でもパソコンでも、ネットを利用する人すべてが潜在的な顧客だ。
アフィリエイトサイトで稼ぐ人の中には、月収1億円を超す者もいるらしい。
1ヶ月に100万人がそのサイトを訪れるとして、その人達がわずか100円を使ってくれれば1億円になる*1。
そう考えると、月に1億円も想像できない額ではない。
問題はどうやって月間100万PVのサイトを作るかだ。
当ブログは鼻から収益化を考えていない。
収益化サイトを作るとしたら、英語のアフィリエイトサイトを考えている。
2、3年前に1度英語のアフィリエイトサイトを始めたのだが、途中で挫折してしまった。
だが、その時よりは今のほうが知識も増えたので少しはマシに運営できると思う。
果たして月間100万PVのアフィリエイトサイトは作れるか。
*1:100万(人)✖️100(円)=1億(円)
ロックフェラーはユダヤ系ではない【反ユダヤ陰謀論】

今、反陰謀論の本を読んでいる。
その中で私も誤解をしていた事があった。
ロックフェラーはユダヤ系ではないらしい。
私はてっきり、ロックフェラーはユダヤ系だ思い込んでいた。
J・P・モルガンのモルガン家もユダヤ系ではないそうだ。
世界を裏で操っているのはユダヤ人などと言われることもあるが、アメリカの5大財閥はいずれもユダヤ系ではない。
アメリカの5大財閥とは、ロックフェラー・メロン・デュポン・モルガン・カーネギーの5つだ。
私はなんとなく、ロックフェラーとモルガンとカーネギーをユダヤ系だと思っていた。
知らず知らずのうちに、「金持ち=ユダヤ人」というステレオタイプを刷り込まれていたということか。
日本でのユダヤ陰謀論はユダヤ人の優秀さを称揚するようなケースもあるが*1、欧米のキリスト教文化圏でのユダヤ陰謀論にははっきりと反ユダヤ主義があるそうだ。
欧米でのユダヤ人差別とはどのようなものなのだろうか。
日本における部落差別のようなものなのか。
それとも在日差別のようなものか。
マルクスはユダヤ人でその思想(マルクス主義=共産主義)は、ユダヤが世界を支配しようと目論むものだという陰謀論がある。
しかし、マルクスはたしかにユダヤ人だが6歳の時にプロテスタントに改宗している。
ユダヤ教の現世的根拠とは何か。それは実利的欲求すなわち利己心である。ユダヤ人の現世的崇拝の対象は何か。それはボロ儲けである。ユダヤ人の現世的な神とは何か。それはカネである。よしそうだとすれば、ボロ儲けとカネから、すなわち、この実際的で現実的なユダヤ教から解放されることが現代の自己解放ということになろう。
差別のない平等な社会主義(=共産主義)社会の理論的支柱であるマルクス主義の開祖、マルクス本人が露骨な反ユダヤ主義者だったのだ。
なので、マルクス主義(共産主義)が世界のユダヤによる支配を企むものだという説には無理があるだろう。
他にもユダヤ人がアメリカのメディアを支配しているという話がある。
しかしアメリカの新聞業界が隆盛を極めていた1970年の時点で、日刊紙1748紙のうちユダヤ人オーナーの新聞社はわずか3%だったそうだ。
この事実からもアメリカのメディアが、ユダヤ人によって支配されているというのは過大評価であると書かれている。
この本はユダヤ陰謀論をかなり細かく反証していく内容で面白かった。
興味があったら一読を勧める。
(ユダヤ関連の他の記事↓)
牛丼をジャズバーで?

今から18年前、私はある外資系企業に勤めていた。
そこでもの凄い1人の上司がいた。
仮にXさんとしよう。
Xさんはどうやらアメリカの大学院を卒業したらしかった。
大学名までは分からない。
どういう展開だったかは忘れてしまったが、Xさんの奢り(多分、会社の経費)で六本木のキャバクラへ行くことになった。
私はキャバクラというものにあまり免疫がなかったので、楽しくお酒を飲んでいるうちにすっかり酔っ払ってしまった。
そして、気がつくとお店の女の子が泣いている。
何が起こったかというと、Xさんの手を触った後におしぼりで手を拭いたとか何とかであった。
そして憤慨したXさんが、そのことについて怒鳴ったと。
そのお店では大したことは起こらなかった。
問題は次に行ったジャズバーで起こった。
お店に入って何か料理の注文をしたのだが、それが一向に来ない。
堪りかねたXさんがお店側に訊くと、どうやらオーダーを忘れていたみたいだ。
ここからXさんのとんでもない行動が始まる。
平謝りのお店の人に対して、何とXさんは吉野家の牛丼を買って来いと要求したのである。
買って来させた牛丼を、そのジャズバーで食べるというのだ。
流石にお店側もその要求には応じなかったので、ただひたすら謝るお店側と飽くまで吉野家の牛丼を買いに行かせようとするXさんの攻防は続いた。
どういう結末になったかは覚えていないが、吉野家の牛丼をそのジャズバーで食べれなかったのは確かだ。
後日談になるが私は知り合いの飲み友達と一緒に、Xさんが泣かしてしまった女の子が働いているキャバクラを再訪した。
一種の謝罪である。
前回私はかなり酔っていたので、Xさんに泣かされた女の子が可愛く見えていた。
また、可哀想にも思っていた。
それで謝罪も兼ねてそのキャバクラへまた行ったのだ。
だが、私が抱いていたのは幻想だった。
その女の子が私が思っていた通り可愛かったのか否かはさして重要ではない。
問題は内面だ。
私はあまりにナイーヴだった*1。
メアドを交換してその後も少しの間連絡を取っていたが、そのやり取りで分かったのは彼女の拝金主義的な本性だ。
水商売の仕事をしている時点で当たり前なのだが。
如何に私が世間知らずだったかが分かる。
彼女の本性にすっかり失望して、そのうち私は彼女にメールを送らなくなった。
Xさんはその後どうなったのだろう。
違う場面でも他の上司と揉めていたし、どうやらXさんはマトモな人そうではなかった。
勤めていた会社をクビになってそうだ。
*1:英語のナイーヴ(naive)の本来の意味は「世間知らずの」「単純な」「純真な」「だまされやすい」などの意味で、日本語での「傷つきやすい」「繊細な」などという意味とは全く違う


